ミニマリストといえば、断捨離とはきってもきれない関係があります。
断捨離は整理整頓術でもありますが、それが習慣化されて生活の一部となっていくことでミニマリストになります。
ただミニマリストと呼ばれる人の中には、ものを断捨離が過剰になりすぎて、世間一般から「気持ち悪い」と思われることもあります。
そんなミニマリストの末路とは、どうなるのでしょうか。
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ミニマリストに目覚めてから末路をむかえるまで
ミニマリストに興味が持つと、断捨離を始めます。断捨離は生活に必要としないものを捨てる整理整頓に近いです。
長年使わないものを捨てることで、部屋がスッキリして部屋のスペースが広がります。
しかしミニマリストになって、断捨離が過剰になれば末路は変わってきます。
ミニマリストのデジタル化に目覚める
断捨離として一番手っ取り早いのが、もののデジタル化です。
本・cd・dvd・手紙などは、すべてデジタル化が可能です。
身の回りものをデジタル化すれば、スペースができて整理整頓が更に進みます。
ミニマリストは趣味を断捨離する
デジタル化して1年以上使わないものは捨てるだけで、部屋の中は整理整頓できてさっぱりしますが、ミニマリストになると趣味のコレクションを断捨離するようになります。
断捨離するか迷うのが、趣味などで集めているコレクションです。
ビンテージカメラや、アニメのフィギュア、複数台所有する自転車やバイクなどです。
このようなものを断捨離することによって、ミニマリストに近づいていきます。
趣味で集めるコレクションには、どれだけ集めてのも欲求がなくなることはありません。
それなら「一層断捨離してしまえば身軽になれるのではないのか」というのが、ミニマリストの考え方です。
趣味のものを無駄と考えて断捨離することにより、更にミニマリストの末路に近づいていきます。
ミニマリストは彼女(彼氏を)断捨離する
彼女/彼氏と別れることを「断捨離」と呼ぶのが正しいのかは分かりませんが、ミニマリストは独身派が多く彼女/彼氏をそこまで欲していない傾向があります。
むしろ彼女/彼氏を断捨離することにより、「自由な時間/お金が増える」と考えてしまうのです。
生活に最低限必要なミニマムなワンルームに引越す
ミニマリストにハマっていけば、部屋は最小限の広さがあれば十分と思えてくるので、ワンルームで暮らすミニマリストが多いです。
一人暮らしの場合ワンルームの広さは6~8帖ぐらいが平均的ですが、4帖ほどのミニマムな物件を探す傾向があります。
収入の都合で小さいワンルームを選ぶのではなく、金銭的に余裕があるがミニマムなワンルームを好んで選ぶ場合は、ミニマリストの末路に向かっているかもしれません。
ミニマリストは衣類の制服化する
ミニマリストに人に多いのがシンプルなデザインの服を、制服化して毎日着ることでです。
お揃いのTシャツとズボンを、最小限の3セットだけしか持たないミニマリストもたくさんいます。
制服化することで、毎日着る服に悩む時間を節約することができると考えます。
ミニマリストは寝具を断捨離する
ミニマリストとして生活を続けると、ベットや布団を断捨離したくなります。
部屋の中でも一番場所をとる、寝具をコンパクトに収納できる折りたためるマットレスに変えて、フローリングに直敷きをして睡眠をとるようになります。
部屋の床に何一つものを置きたくない騒動が強くなり、ものを捨てることが目的に変わってきたらミニマリストの末路に向かっているサインの一つになります。
三種の神器を断捨離する
若者のテレビ離れがニュースになるように、テレビを必要とする時代ではなくなりました。
ネット環境があれば知りたいニュースをSNSなどで、簡単に調べることができます。
また動画サービスなどのコンテンツが充実しているので、テレビの必要性が薄れています。
テレビはミニマリストでなくても持ってない人が多いですが、ストイックなミニマリストになると「洗濯機」「冷蔵庫」などかつては三種の神器とわれた家電を必要としなくなります。
衣類は手洗いをして、毎日その日必要な食品を買い出しします。
ミニマリストの末路
ミニマリストを突き詰めていくことは、周りからみて必ずしも幸せとは言えるものではないかもしれません。
「自分に最小限必要なもの」を残して断捨離をすればするほど、ブレーキが効かなくなり、ものを持つこと自体をデメリットとして考えてしまします。
ものに対して過敏になり過ぎてしまうと、ミニマリストとしての本質を失ってしまいます。
ものを断捨離して最小限にしていくことが目的となることは、ミニマリストとして悲しい末路になります。
まとめ
自分に最小限必要なものは、人それぞれ違います。
ミニマリストという考え方は、決して間違ったものでもないので、周りに流されず自分に必要なものは大切にしていきましょう。
ものに執着して人生の末路と、ものに全く執着しない人生の末路はどちらが幸せなのでしょうか。
ものごとはいつも主観的であるので、それを決めることは誰にもできないのかもしれません。